伊平屋の歴史上の墓について | 株式会社東恩納組

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2021年5月18日建築部

伊平屋の歴史上の墓について

皆さんこんにちは。東恩納組 建築部の渡具知です。
今回がブログ初投稿です。これから宜しくお願い致します。
コロナウイルスが、感染拡大しているので、感染しないように最新の注意を払いましょう。

自分は、伊平屋の現場に配属になりましたので、ブログの中で、伊平屋のことについて書いていきたいと思います。

今回は、下の写真の「屋蔵墓」について書いていきます。

屋蔵墓は、琉球を統一した第一尚王統の祖先のゆかりの地であり、沖縄の第一尚氏、屋蔵大主の墓とされています。

 屋蔵大主とは、三山を統一(1429年)した琉球王朝第一尚氏、尚巴志の曽祖父だと伝わっています。
尚巴志は、沖縄本島南部、佐敷の一角から起って今帰仁の北山国、浦添、後に首里に遷った中山国、糸満の南山国を統一し、琉球王国を築いた偉大なる経世家となっています。
  屋蔵大主は伊平屋島、伊是名島を支配していた豪族(按司)であり、我喜屋(がきや)集落の海に突き出た崖の中腹にある岩穴墓に祀られており、直下は琉球石灰岩の大きな石が重なり合う荒磯です。
墓室の入り口は大きな石で塞がれ、周りには小さな石を積み重ねた素朴な佇まいの墳墓になっています。
墓室には6個の厨子甕があって、その中の一つは南蛮焼きで、その中に納められている骨が大主の遺骨だという。
墓前に『第一尚氏始祖・屋蔵大主陵墓』と彫られた石碑が建っているが、近年に建てられたようです。

今回はこのくらいで終わります。今後も、伊平屋のことをいろいろと調べて書いていきたいと思います。

以上、建築部の渡具知でした。

 

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